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危急時遺言 その2 [弁護士の仕事]

(きのうの続き)

 翌12月28日早朝、臨時事務所会議。
 自筆証書遺言が書けないからといって諦めて良いのか、危急時遺言を作成することはできないのかと、若手弁護士から声が上がった。諦めかけていた自分を恥じるとともに、在宅の依頼者に医師の協力を得ることができれば危急時遺言は可能であると思い始めた。

 危急時遺言は、臨終の際にある人が、証人3人の立ち会いの下に作る遺言だ。
 遺言者が臨終の際にあり自力で遺言は書けないが、判断能力は充分にあるとの、医師の診断が必要となる。遺言者が口授した内容を書き留め、遺言として作成する。そして、遺言作成から20日以内に家裁に「確認」という手続をする。証人と医師は家裁に出頭して裁判官から遺言作成の経緯などについて質問を受ける。
 
 ケアマネに電話をして、主治医が依頼者の自宅を訪問することは可能であるか尋ねた。すると、今日の午後訪問診療を受診する予定であるという。

 「しめた」と思った。

 診断書の雛形を医師に送信したところ、短時間の訪問診療の際に診断書作成を前提に立ち会うことは難しいとのこと。そこで、主治医は午後8時に依頼者宅を訪れてくれることになった。

 午後7時、弁護士3人とケアマネは、依頼者宅を訪れた。
 自筆で遺言が書けないことを確認し、危急時遺言の方式について説明した。
 表情を見るだけでも、依頼者は昨日よりも体力が落ちているようだ。微熱のため夜はほとんど眠れなかったらしい。

 昨日から、遺言の内容をずっと考えていたそうだ。そして、シンプルな方が良いという結論に達したという。遺言の内容は昨日の話と違っていた。長男にも財産を相続させるという内容だった。恨み辛みの対象だった息子に財産を相続させることになった経緯は敢えて聴かなかった。

 作成した文案に、依頼者は満足していた。主治医がやってきたのは午後8時を回っていた。書いてもらう診断書のポイントと今後の手続を主治医に説明し、主治医は手続に協力することを約束してくれた。

 依頼者は、ベッドで顔をゆがめている。徐々に痛みが出てきたようだ。主治医は、この手続が一段落したので、明日から少し楽になる薬を処方すると言う。モルヒネらしい。意識は朦朧とすることになる。ギリギリの段階で遺言書を作成することができた。

 午後9時過ぎに、危急時遺言は完成した。

 何とか依頼者の意思を実現することができるという安堵感はあるものの、死を目前にして苦痛に顔をゆがめている依頼者のことを考えると、3人の弁護士は重々しい気持ちでいっぱいだった。依頼者の安楽を祈るばかりだ。

 おわり

 
 
 
 
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