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危急時遺言 その1 [弁護士の仕事]

 年末の弁護士は忙しい。

 12月26日、湘南の地域包括支援センターのケアマネージャーから電話。
 70歳代、在宅の男性が遺言を書きたいと言っている、相談を受けてくれないかと。
 末期癌で余命2週間だという。
 ADLの状況を聞くと、ベッドからトイレまで伝え歩きができる。
 字は書けるかと聞くと、字は書ける。
 その日は予定が詰まっていたため、他の弁護士を派遣すると伝えた。
 しかし、どうしても私に頼みたいようだ。

 翌27日午後、ケアマネと自宅を訪問した。
 ゴミ屋敷だった。
 玄関から寝室までの通路が、辛うじて通行可能。まるで、立山のうずたかく積もった雪の間を車で通るような感じだ。数日前に、ゴミ袋9袋分のゴミを処理して「道」を作ったそうだ。
 寝室にたどり着くと、尿バッグを抱えた依頼者がいた。
 自己紹介をして「延命効果が…」と言い始めたが、彼は「ボクには影響はなさそうだな」と。
 生活史を聴きながら、財産のこと、親族のことをに話が及んだ。
 離婚した妻との間に息子がおり、妹がいるが、2人には一切財産を残したくないという。
 財産は友人にあげたいという。

 
 戸籍謄本も登記簿謄本もない。それに、28日が御用納めであるため、公証人に来てもらうこともできない。そこで、自筆証書遺言の作成をすることになった。

 遺言の骨格が固まるまでに、1時間半ほど経った。「それでは、そろそろ書き始めましょうか」と言って、依頼者に筆記用具を渡したが、「遺言書 遺言者●●は、」と書いたところで、「もうダメだ。書けない…」と言って絶句してしまった。
 全身に力が入らず、字が書けないという。代筆してくれないかともいう。
 自筆証書遺言は、全文を自書しなければ無効になってしまうことを説明した。
 依頼者も私も、ケアマネも、落胆して二の句が継げない。

 私は、聴き取った内容に沿った文案を書いた。そして、「ゆっくりで良いので、体調の良いときに書いてください。書き終わったら、預かりに来ますから」と言って、依頼者の自宅を後にすることにした。
 ケアマネに、残念ながら自筆証書遺言は完成されないかもしれないことを伝え、遺言がなく亡くなった時の対応について話し合った。

 車を運転しながら、依頼者の人生と自分の人生とを重ね合わせていた。そして、これから起こるであろう事態を思い描いていた。

(つづく)
 
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