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少年事件Ⅰ その4 [弁護士の仕事]

 (きのうのつづき)

 ところで、少年はどうしているのか。
 警察での取り調べは、相変わらず「殺人」を前提に厳しい調べが続いている。それに対して、弁護団は警察署長宛に「意見書」を出した。殺人罪での取り調べは的外れであり、これ以上執拗な取り調べはやめるようにとの内容だ。また、勾留延長をせずに早期に鑑別所へ移送することを求めた。

 警察の代用監獄は、取調の便宜のために設置されているもので、少年や女性などは、むさ苦しい男達の未決者と別に収用されているものの、環境があまり良いとは言えない。前歴のない高校生にとって、早く比較的環境のよい鑑別所に移してもらう方がリスクが低い。本件の少年に前歴はなく、県内でも有数の受験校に通う普通の少年だ。一人っ子の甘えん坊だ。

 毎日接見している弁護士には心を許すようになっている。取調の状況も克明に記憶して、我々の前でそれをはき出すように話し始める。警察の代用監獄の状況を聞くと、夜叫んでいる人がいたり、なかなかなじめないという。「なじまなくて良いよ」と良いながら心をほぐしていく作業を地道に続けた。父親の死について聞かれると、悲しそうな顔をする。「自分が殺したのだ」という発言に対しては、「そうじゃない。残念ながらお父さんは寿命だったんだ。たまたま君といざこざがあったときにその寿命がきたにすぎないんだよ」と説明をする。

 彼の偉いところは、早くここから出たいという発言をしないことだ。父の死と向き合っているのかも知れない。

 母親からの事情聴取も、並行して行った。父親は、有名国立大学を卒業して一部上場企業に就職した人で、他の社員には負けたくないという考えをもつモーレツ社員だったようだ。朝早く家を出て、夜遅く家に帰ってくる。子どもとの接点もあまりなかったようだ。母親とも、あまり会話がなかったようだ。そのため、通勤途中の駅で倒れたことも知らなかったのだ。夫を亡くし、息子まで自分の元から離れていることで、心の置場を見失いつつあった。

 私が母親に、父親の病歴の事実を告げた時に、その事実を知らないことについて残念でならないと苦悩を吐露した。夫と会話がなかったことを後悔している様子だ。しかし、自分の息子が夫を殺めたわけではない、という一縷の光が見えてきて、表情は少しずつ穏やかになってきたような気がする。家庭における少年の受け皿は少しずつ整いつつある。

 学校の先生にも協力を求める必要がある。少年の社会復帰に向けて、家庭と学校の受け皿が整っていないと、少年は仮に社会復帰しても戸惑うばかりである。そこで、担任教師と校長に面談を求めた。我々が握っている情報を開示して協力を求めた。すると、担任も校長も全面的にバックアップしてくれることを確約してくれた。何もなかったことにしてくれるのだ。退学とか停学とか、処分は考えてないと言ってくれた。

 これで社会資源の確保はできた。

 本件について家裁に提出する意見書の骨子は、以下のとおりだ。
   ① 犯罪事実(殺人罪の実行行為)自体が存在しない。
   ② 仮に何らかの犯罪事実が存在したとしても、少年は内省をしており少年を取り巻く受け皿も万全。

 さて、審判当日の尋問の準備をしなければ。
   ① 少年に対する質問
   ② 母親に対する質問
   ③ 校長・担任に対する質問
   ④ 法医学者に対する質問 … 順番としては④が最初だ。

 ④の内容を確認するために、再度山中湖へ行くことになった。もちろん法医学の教授に会うためだ。

 (あしたに、つづく)
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