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少年事件Ⅰ その3 [弁護士の仕事]

(きのうのつづき)

 少年の父親に対する暴行は、普通であれば死に至ることはない程度のものであった。このことは、母親の供述や本人の聴取からも明らかだ。それにも拘わらず、なぜ父親は亡くなったのか?

 審判に向けた証拠開示の中で、司法解剖の結果が出てきた。剖検結果報告書によれば、父親の心臓に過去の病変の跡があった。しかし、報告書はさらっとした書き方だった。心臓の断面の写真が何葉か添付されていたが、どの部分が病変の跡なのか、何かが隠されているのではないか、弁護団は分析を始めた。

 司法解剖の結果は、数十枚の写真を添付して報告書という形で証拠化されている。法医学について専門家ではない弁護士が遺体の写真を何度見ても、実際の死因にたどり着くことができない。

 そこで、法医学者に意見を聞くことにした。幸い、弁護団のひとりが、かつて意見書を書いてもらったことのある某大学法医学教室の教授に鑑定依頼をした。全調書と剖検結果報告書を教授に送った。そして、所見を聞くため教授の指定場所へ行くことになった。教授は、山中湖の別荘を打ち合わせ場所に指定した。

 私が車を運転して、弁護士3人は山中湖へ向けて車を走らせた。11月中旬の山中湖は初冬の陽気で、森の中にある別荘のストーブには火が点っていた。薄暗い応接間には、本がうずたかく積み上げられていた。ひととおり挨拶をしたのち、本論に入った。

 教授は開口一番、「この人は重篤な心臓病ですね。いままで、倒れたことが何度かあったはずだ」と言うのだ。我々は、どこに痕跡があるのか質問を重ねていった。確かに心臓の至る所に白い脂肪が付着している。これが病巣か。そして、教授は「この人は、ちょっとしたことで死に至る可能性が高い。息子の暴行がなかったとしても、近いうちに重篤な状況になっていたことは間違いない」という。

 弁護士3人は、この言葉を我々は探していたんだと、心の中で小躍りした。

 私は教授に対して、審判で先生を証人として尋問をしたいのだが、協力してくれないかと申し出でた。教授は、喜んで証人になると確約してくれた。「こんなことで、ひとりの前途有為な少年の一生を棒にふるようなことはさせられない」と言ってくれた。我々は教授との再会を約束して、山中湖を後にした。

 調書には父親の心臓病について、一切書かれていないが、それを裏付ける証拠を弁護人から提出できれば、「病死」の裏付けの証拠になる。それを探し当てればと考えた。そこで、母親に対して、父親が重篤な心臓病であったことを裏付けるものはないかと、調査を依頼をした。その結果、父親の手帳に、半年前と数ヶ月前に、駅で倒れ病院に搬送されていた事実が記されていた。克明なメモだった。

 さて、意見書を書いて、第1回の審判に臨むか。

 (つづきは、あした)

  
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