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遺言 [弁護士の仕事]

 清楚な女性だった。その女性は、まだ50歳になったばかりだというのに、遺言を書きたいという。前の年に母親を病気で亡くし、自分の死について考えるようになったようだ。夏の終わりの相談だった。

 公正証書遺言を作成することにし、その内容の検討に入った。自分には母以外に身寄りがない。自分が死んだ後、土地と建物は、高齢者福祉のために役立てて欲しいと居住している市に寄付したいとの意向。預貯金については、菩提寺に500万円、その余の預貯金は県と市に寄付し広く福祉に役立てたいという。遺言執行者は私を指名した。遺言の内容について確認し、翌々週公証人役場で正式に遺言書を作る段取りにした。

 初回の相談後、彼女は私に2回電話を架けてきた。2回とも、見ず知らずの私の遺言執行を、本当に引き受けてくれるのか、という内容だ。このような内容の電話を受けたことがなかった。電話のたびに、「大丈夫ですよ。これも何かのご縁ですから…」と答えるのだが、彼女は意思確認を繰り返した。その時は、几帳面な人で、私の心情を慮ってくれるのだな、という程度にしか受けとめることができなかった。

 翌々週、予定どおり公証人役場で遺言を作成した。彼女は、何度も感謝の言葉を口にした。

 〈何ごともなく時は過ぎていった〉

 年の瀬、私は顧問をしている会社の忘年会に参加するため、新幹線に乗っていた。気持ちは既にオフモードになっていた。突然私の携帯にスタッフから電話が入った。

 スタッフ「○○警察の刑事さんから、今すぐ電話が欲しいと連絡がありました。××さんが昨日亡くなられ、遺書のようなものと、先生とお寺の住職さんに宛てた手紙があったそうです」

 ×× さんとは、夏の終わりに遺言を書いた彼女だった。

 私は早速警察に電話をした。電話に出た刑事は捜査一課(殺人などの凶悪犯を担当する部署)の刑事だった。聴きたいことがあるので、直ぐに警察へ来るようにと言うのだ。拒むことができない程の威圧感を感じた。私はその刑事に、彼女が、どこでどのようにして亡くなったのかと尋ねた。しかし、刑事は迫力のある声で「お目にかかったときに、話しますから…」と言うのみで、何のヒントも与えてくれなかった。もしかして、私は被疑者(容疑者)なのか?

 次の駅で新幹線を降りた。顧問会社の社長に謝罪の電話を架け、私は上りの新幹線に飛び乗った。
 
 (続きは、あした…)

 

 

 
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